BlueCastle

私リフィアが日頃思うことなどを書いているブログです。

母なる航空母艦

時は大正期・1910年代。
1913年に空母と呼ばれる船が日本及びイギリスで就役したが、それは飛行甲板を持たず、水上機を水の上におろし、そこから水面を滑走して発艦する、水上機母艦ともいえるものであった。
その後、飛行甲板を持った本格的な空母をイギリスが他の艦船・客船からの改造して登場させた。
そこから遅れをとること、1919年、日本海軍は本格的な航空母艦の建造に着手。
そして1922年12月27日、最初から空母として建造された、世界で初めての航空母艦が誕生したのである。

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それが『鳳翔(ほうしょう)』である。
しかし、試作的要素が強く、また各国でも戦列に加えられていない…まだ登場したばかりの新兵器でもあった航空母艦。
まずは実験艦に用いられ、様々な試験に用いられることとなった。その後、離着艦テストなどで問題は起こるものの、問題を洗い出し、艦体の改修がなされる。
艦載機の実験などにも用いられた鳳翔は、そのノウハウが十分に生かされ、艦載機開発や運用、そして機動部隊(空母部隊)創設にも、多大なる貢献をした。
しかし、太平洋戦争に突入すると、世は航空戦の時代に。艦載できる航空機が少なく、日本最大の空母である赤城、赤城と同じく、未成の戦艦から改造された空母である加賀、そして二航戦の飛龍・蒼龍、五航戦である翔鶴型空母(翔鶴・瑞鶴)などが登場すると、実戦に投入されることはなくなり、終戦頃には瀬戸内海で訓練用空母となり、帰ってこない仲間を案じながら、無傷で終戦を迎えたのである。日本において、太平洋戦争開戦時から終戦まで生き残った、ただ一隻の航空母艦となったのである。1945年10月から復員船の任務を担うことになり、訓練用空母になった際に取り付けられた甲板を撤去してバランス性を保てるようになった鳳翔は、10往復もの航海を行い、外地にいた4万人もの日本人を迎えにいき、そして本土へ運んだのであった。任務が終了した1946年8月31日より大阪のドッグで解体作業が始まり、翌年1947年5月1日に解体が完了し、波瀾万丈に満ちた艦船としての一生を終えた。しかし、資材としてリサイクルされ、戦後の日本の復興に役立てられた。

航空母艦『鳳翔』
1919年12月16日、浅野造船所にて起工。
1921年11月13日、進水。
1922年12月27日、竣工(横須賀海軍工廠)
1945年10月5日、除籍。復員船の任務が始まったと思われる。
1946年8月31日、大阪のドッグにて解体が開始。この際、同じドッグに最後の正規空母であり、同じく復員船の任務を担っていた雲龍型航空母艦三番艦『葛城』の姿もあったとされる。
1947年5月1日、解体完了。

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フジミ模型の特シリーズの艦船模型…このときは甘く見ていた。空母の模型はそんなに甘くはなかった。

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最初の段階で艦体は完成する。しかし、後の部品が非常に細かかった…。

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着工の26日の段階。ほぼ細かい部品装着の繰り返しであり、思うようには進まなかった。

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しかし完成させなければ…。

27日、建造再開。
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片側の艦載船は大丈夫だったんですけど…。

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艦橋ともいえる部分か?の部品。
単装砲などがとにかく細かい。ランナーからきると、高い確率で部品が飛ぶ。そして小さい部品だから見つけるのに一苦労する。

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Before

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After
…なんとか、艦っぽくはなってきた。
錨など諸々の部品を取り付けて、27日の作業は終了。結局は鳳翔の竣工日に完成させることは出来なかった。

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なかなか無理難題多いでこれ…。

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28日の作業は煙突装着から開始。
説明書を読むたびに頭痛くなる。悪く言ってしまうと、取り付け位置の指示を変にまとめ、そして変に分けてあるという感じが否めなかった。時には手順自体が頼りにならない部分がところどころ…せめて要所をしっかりまとめるとか部品云々とかをちゃんとしようよフジミ模型…
ただ部品を細かくしてリアル志向を高めても、説明書が杜撰では意味がないんだよフジミ模型
…まだ組まれていない中古品を格安で買ったものだから、文句も言えないけどね…。

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菊花紋章も、ウォーターシリーズでは細かくてもしっかりしたものだったのに、フジミ模型のは、部品にしなくてもいいんじゃないか?という部品であった。菊の紋章、描かれてはいなかった。

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ようやく最大のポイント、飛行甲板を取り付け。
空母らしい形になってきた。

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艦橋といえる部分は完全に見えなくなります。
…実船の鳳翔は、操舵性や視認性がどうだったのかが、結構気になりました。

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結構、宙ぶらりんな部品が多いのも特徴といえば特徴…。
なかなかきわどい組立作業が続きます…。

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飛行甲板などに半ばぶら下げ状態のところに装着する艦載船の取り付けなど、一部の部品装着や艦載機の組み立ては諦めました。瞬間接着剤を用いて組んでいたのだが、それでも落ちるものは落ちるし、もはや自信は完全に損失していた。

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まだ組み立て段階ではあったが、模型艦隊停泊場所に。

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クレーンなどを取り付けて、とりあえず艦船としては完成。

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本来はこの部分に艦載船がぶら下がります。もはや取り付けること自体が無茶な状態に見えてしまう。

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長門の隣に、陸側に頭を向ける形で係留。
飛行甲板部分の一番後ろ…旗立台とほぼ平行の位置につくアンテナだかの部品があるのだが、部品が折れるなどしてしまったために取り付けをやめた。もう難しすぎるわ…。
…中途半端状態になってしまったが、1日遅れの12月28日、模型艦隊に初の航空母艦として、鳳翔が着任しましたとさ。

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JR東海371系、ニューステージへ…場所は富士急行

http://response.jp/article/2014/12/15/239673.html
http://www.fujikyu-railway.jp/upload/file/371kounyuu.pdf(富士急行公式プレスリリース PDF)

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371系電車の引退発表で落ち込み、ラストランを撮りに行って空虚感に陥っていた自分であったが、このニュースを聞いて、胸と目頭が熱くなった。
富士急行には、既に改装されたものの、あさぎり号という列車において、唯一無二のパートナーであった、元小田急ロマンスカー20000形RSEが1編成だが、8000系電車としてフジサン特急として活躍している。つまり、来年だかには、同じようなフジサン装飾を施された371系とRSEという、あさぎりコンビが再会し、同じ路線で、再び同じ名前の列車を名乗り、新たな場所での活躍が始まる。恐らく塗装によってシャープな印象は少なからず消えてしまうかもしれないが、浜松への廃車回送を覚悟していた中だったため、このニュースは非常に嬉しかった。
まだ時期尚早な気もするが、このあさぎりコンビが、フジサン特急コンビとして走りだす日が待ち遠しい。

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御殿場線80周年371号(30日)

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ついに迎えてしまった最終日。
家の事諸々を終わらせて出撃したのは9時過ぎ…間に合うわけありません。

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大慌てで、ポスターに出ていた発車時刻の少し前に着いたのだが、既に表示は無かった。
…何してんだ自分。

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腹の虫が収まらず、駅そばで朝なのか昼なのか判らない食事をする。

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1分後…だけども、この2分くらい前にはいたんですよ自分はホーム上に。
だけど列車はいなかった・・・。やはり早く出てくるべきだったよ…。

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御殿場線ホームへ行き、とりあえず追いかけることに。
…御殿場行きに乗って追いつけるわけ無いのに。
恐らく、東海道線で国府津まで行き、下曽我駅まで行ったほうが早かったのか。

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そういえば、ワンマンカー313系は初めて乗るかな…
なかなかすっきりしたまとめ具合。

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東海道本線では運行しづらいんだろうな、この座席配置で…。

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御殿場駅に到着。ここまでは、あさぎり号がくるのだが…とりあえず、御殿場駅のあさぎり号乗車位置などを調べてみることにした。

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御殿場線80周年371号(29日)

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仕事から帰り、そのまま沼津駅に直行。
この日は11月29日の土曜日。御殿場線80周年371号の4日目。
その勇姿を見届けるため、カメラを構えて沼津駅へ。

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かつては双子のように、寄り添うように、西武百貨店沼津店が建っていたが、駅前の建物のほうは取り壊された。

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跡地には日産レンタカーや、500円ラーメンの店らしきもの(屋台?)が出ている模様。

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入場券を買って地下通路へ。かつては、特急あさぎり号新宿行きの乗り場の案内板が設置されていた場所。剥がされた今でも、まだ違和感として残っている。この場所に目を向ける人は誰もおらず、この上の看板くらいを見る人はいるだろう…。

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3・4番線へ上がる階段の前にある発車案内(番線)。
今でも、明かりの具合で、よくみると、そこにも特急あさぎり号新宿行きの案内を確認できる。うっすらとした跡になっているが、今でも知っている人にはわかる、昔の面影。

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