BlueCastle

私リフィアが日頃思うことなどを書いているブログです。

この出来はなんというか… 後日談

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中途半端なつくりになっていた、戦艦『伊勢』。
(写真は後部)
製作誌(http://rifianet.blog94.fc2.com/blog-entry-633.html

やはり、この中途半端は気に入らなかった。
後日、別メーカーの伊勢の艦船模型を買ってリベンジしようと考えたが、売り切れ。
こうなったら、この模型を意地でやってやろうか。。。

載せていた主砲と小さい砲を取り外し、後部甲板の一部、細かい部品をカッターナイフで切り、鑢(やすり)で削り…
載せられなかった飛行甲板の取り付けを半ば強行的に実施。船体とをくっつける部品は、接着後にテープでがんがら締めに固定した。

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とりあえず形になった、航空戦艦『伊勢』

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実際の航空戦艦『伊勢』及び『日向』には、艦載機を載せる事はなかったようだが、レイテ沖海戦では空母4隻と共に囮となる艦隊(旗艦は五航戦・航空母艦『瑞鶴』であったとされる)の一員として出撃。空母4隻は沈んだが、指揮官・松田千秋少将の指揮の元、甲板に載せられたロケット砲などによる対空砲火で敵軍航空機を100機近く打ち落とすなど、先に沈んだ僚艦たちの無念を少なからず晴らし、敵討ちを少なからずも果たしていた。
最後は、金剛型戦艦三番艦『榛名』などの艦船とともに浮き砲台となって最後の戦いに。大破着底して終戦を迎え、解体されてしまうが、その名前は現在の海自(ヘリ空母,DDH)護衛艦『ひゅうが型』の名前となって、現在も日本の海を守る。

…ちなみに、榛名も(ヘリ空母)護衛艦『はるな型』の名前となり、その2番艦の名前には、金剛型戦艦2番艦…つまり、戦艦時代の姉貴分の名称である『比叡』が起用された。DDH-141『はるな』1973年2月22日に就役、2009年3月18日に退役・除籍の後、江田島に10月廃船回航,翌年1月に解体完了された模様である。戦艦榛名とは、最期の地となった場所こそは違うが(江田島の小用沖)、同じ江田島という点で、名称と同じく、何か因縁があるのではないかと思ったのは、自分だけだろうか。
姉妹艦であるDDH-142『ひえい』は1974年11月27日就役、2011年3月16日、36年3ヶ月という、歴代海自艦の中で最長の就役期間を全うして退役。この後任艦が『ひゅうが型』護衛艦であるDDH-181『ひゅうが(2007年8月23日就役)』及びDDH-182『いせ(2011年3月16日就役)』である。まさしく、いせは退役する前任艦、DDH-142『ひえい』と入れ替わりに就役したのである。

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やはり、自分の知っている戦艦『伊勢』は、1915年就役の純粋なる伊勢型戦艦一番艦『伊勢』ではなく、1943年改造によって航空戦艦化した『伊勢』なのでした。
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