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私リフィアが日頃思うことなどを書いているブログです。

日本海軍最後の連合艦隊旗艦

太平洋戦争前の計画として、潜水艦部隊の旗艦として高速水上偵察機を用いて、最前線での強行視察を行うことを目的とした巡洋艦が計画され、建造された。
この艦船が就役した当時には既に、その計画自体が事実上頓挫しており、搭載する主砲の数も少なく、魚雷発射管も搭載していなかったこの巡洋艦は、同型艦がいないこともあり(計画はあったが、太平洋戦争開戦と同時に建造中止)、連合艦隊の中にあっても、浮いた存在となってしまっていた。

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それが、軽巡洋艦『大淀』である。

しかし、その潜水艦部隊の旗艦として設計された大淀の通信能力が着目され、重大な任務を担う艦として、大掛かりな改造工事を受けた。
大型射出機を撤去した代わりに、従来型の射出機と水上偵察機を搭載、格納庫を司令部施設へと改造することであった。改造後の1944年5月4日から9月29日までの間、大淀は日本海軍連合艦隊旗艦に就役していたのであった。
その後は、艦隊司令部は地上施設の完成と共に丘へ上がったことから、大淀は普通の軽巡洋艦へと戻るのであった。
10月5日に第三艦隊第一機動部隊の一員となった大淀は、第一駆逐連隊及び第三十一戦隊の旗艦及び、艦隊予備旗艦(旗艦は、航空母艦『瑞鶴』)となり、戦場へと出向く。10月25日、レイテ沖海戦の最中、旗艦であった瑞鶴が戦没、直前に旗艦は大淀に移され、28日に旗艦の任が解かれるまで、旗艦の任を担った。
 その後は司令部施設であった区画を物資輸送庫へと改造されて北号作戦に使用されるなどしたが、最後は動力をやられて航行ができない状態となり、江田島湾で浮き砲台となってしまう。1945年7月28日転覆着底、終戦後の11月20日に除籍され、47年に浮揚された後にドッグへ曳航、解体された。艦船として活躍できたのは2年半ほどとなった。

進水 1942年4月2日
就役 1943年2月28日
その後 1945年7月28日に転覆着底
除籍 1945年11月20日

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部品の数々。

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主砲

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1日目に組んだ主砲やら艦橋やらの主要部品。
既に小さい機銃をつける作業などは手馴れたものであった。

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2日目に、船体と船底を組む。今回は瞬間接着剤を使用した。

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使用して失敗したらやり直しの聞かない諸刃の剣である瞬間接着剤だが、上手くやればきれいに仕上がる。

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後の艤装光景は撮影していないため、完成披露へ。
アンテナ部分などに不恰好になってしまった部分があるのは正直否めない。ただ、アンテナのほうが後に取り付けるようになっているこの模型だが、場合によっては説明書を無視して、アンテナを先に取り付けるなどしてしまうほうが楽な部分もあるかもしれない。しかしながら、完全に失敗でもないため、これはこれで完成とした。

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艦隊これくしょんというゲームの影響によって、この大淀という艦船の存在を知った。自身はプレイヤー(提督)ではないため、艦これアンソロなどで見るのみだが、まさかあの事務員のような女性…任務娘が、まさか(艤装をつけていない)艦娘状態の大淀だったとは…。

しかし、この艦船模型の竣工によって、艦船模型の係留地を新たに設けなければいけないという問題に直面してしまった。今の場所だけでは、戦艦3(長門・金剛・伊勢)、重巡1(摩耶)、軽巡1(大淀)、駆逐艦3(吹雪・時雨・雪風)、海上自衛隊護衛艦4(こんごう・きりしま・むらさめ・はるさめ)を収容するだけでいっぱいであり、既にあと2隻を建造する予定のため、既に係留できる場所がない。さて、どうしようかな…。
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