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私リフィアが日頃思うことなどを書いているブログです。

日本海軍最大の航空母艦

時は1921(大正10)年、建艦競争状態であった各国海軍。
その中で、大型主力艦建造の制限を『ワシントン軍縮会議』により決定された。この際に日本海軍では、長門型戦艦2番艦『陸奥』、加賀型戦艦1番艦『加賀』、2番艦『土佐』、そして天城型巡洋戦艦1番艦『天城』、2番艦『赤城』が建造されていた。
日本海軍の必死の工作により、陸奥は同年10月24日に就役したが、後の4隻は建造中止となった。
そして、この条約の中には『戦艦2隻を航空母艦に改造することを許可する』旨があり、天城型戦艦の2隻が航空母艦へと改造されることとなった。
しかし、関東大震災により横須賀で改造中であった天城が修復不可能な損傷を受けて廃棄されてしまい、予定通りに就役したのは、呉海軍工廠にて改造が行なわれた2番艦のみであった。

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それが航空母艦『赤城』である。
1927(昭和2年)3月25日に竣工・就役した。

当初は三段式甲板を備えた形の空母として改造され、試行錯誤を繰り返しながら運用されていたが、同時に離発着が不可能に近いことなどの理由により、1935(昭和10)年の改造の際に、最上段甲板のみで離発着を行い、下2段は格納庫化。近代的な空母となった。
その後は第一航空戦隊(一航戦)として運用の後、機動部隊(第一航空艦隊)旗艦となった。太平洋戦争開戦初期、この赤城を旗艦とした機動部隊(南雲機動部隊)は世界最強の艦隊といわれるほどの戦力を誇っていた。
1941(昭和16)年12月8日、赤城を旗艦とした機動部隊により真珠湾攻撃が行なわれて太平洋戦争勃発。このときより、退艦巨砲主義と言われる戦艦が主力といわれていた時代は去り、航空戦力が主力となる戦いへと移っていった。
しかし、『世界最強の艦隊』その栄光は長く続かなかった。
1942(昭和17)年6月5日のミッドウェー海戦で、主力空母であった赤城、加賀、飛龍、蒼龍を失う結果となってしまい、まさしく、日本海軍にとって、終わりの始まりとも言える出来事であろう。
ミッドウェー海戦で大破・航行不可能となってしまった赤城は、1942(昭和17)年6月6日午前2時、味方駆逐艦によって雷撃処分されて海へと没し、その生涯を終えた。戦艦として建造された後、空母に生まれ変わり、世界最強の艦隊の旗艦という栄誉をも担った、実に華々しくも波瀾万丈な艦生と言えるだろう。
1927(昭和2)年3月25日:竣工・就役
1935(昭和10)年:大規模改造により、近代的空母に生まれ変わる。
1942(昭和17)年6月6日:ミッドウェー海戦で戦没。
1942(昭和17)年9月25日:除籍。

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部品の多さ。
組み立ての最中、未完成状態の赤城を保管するために箱を利用するため、昨年に組み立てた航空戦艦伊勢の箱を流用して部品を入れていた。

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基本的な部分。
船底に重りを固定し、船体に関しては指定された中仕切り…骨部分となる部品を瞬間接着剤で固定。
そして、船底と船体を瞬間接着剤で接合し、基本となる船体完成。

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後部製作。艦載船及び甲板を支える柱。
船を2弾重ねにして…という、初めての作業も。
しかし、先に組み立てた鳳翔と違い、的確に部品取り付け位置を分かりやすくしてある。

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前部分。上部構造物を組む。

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初日である24日終了地点。
組み立て説明書の前半部分…大きな部分のほとんどはできたと思われる。

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88年前の赤城竣工日である3月25日。最初の組立作業はぶら下げの艦載船取り付け。
非常に細かい作業が続く。

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張り出し…機銃部分などを組み立て。
取り付け位置が分かりやすいのは本当に有難い。

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日本海軍の巡洋艦以上の特徴である、艦首の菊花紋章の取り付け。
赤城の模型に入っていた紋章は再現的に気に入らなかったため、ウォーターラインシリーズ共通のグレードアップパーツ?(ランナーのアルファベットがWで、艦載船やら水上機などのパーツが入っているもの)のものを使用した。

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煙突部分の組み立て。
組み立てに費やせた時間も短かったため、ここで作業終了。結局、25日までの完成は出来なかった。

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26日、3日目の組み立て開始。

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係船?
(艦これ)赤城缶です。

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いよいよ飛行甲板の取り付け。まずは甲板を組む。

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上手く骨組みがくっつかないなど、問題を抱えながらも、飛行甲板を取り付け。

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艦首の旗立台、艦中央の艦橋などを取り付け。

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完成後。
峰ヶ崎へ回航され、夕張などが展示されていたスペースへ。
尚、赤城の展示に伴い、夕張などは移動した。
大きさを比べると、やはり日本最大の航空母艦というだけあり、超弩級戦艦であり世界のビッグセブンに輝く長門でさえも、赤城と比べれば小型に見える。

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展示板は、エフトイズ製『艦これモデルVol1』の箱から切り出し。
後ろには、建造予定である航空母艦加賀、戦艦比叡、戦艦霧島の展示坂。

基本となる船体部分はまさしく戦艦の面影。

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