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私リフィアが日頃思うことなどを書いているブログです。

運命の悪戯で誕生した航空母艦

前回の航空母艦赤城の模型工作記(日本最大の航空母艦:http://rifianet.blog94.fc2.com/blog-entry-659.html)でも記述をしたのだが、『ワシントン軍縮会議』により制限が決定された大型主力艦。その中で、当初は一度も就役することも無く標的艦として処分されることが決定していた未成戦艦があった。加賀型戦艦の1番艦『加賀』と、2番艦『土佐』である。
同じように未成戦艦であった天城型巡洋戦艦の2隻は、この軍縮会議にあった条文の1つ『戦艦二隻を航空母艦に改造を許可する』旨に沿って、航空母艦への改造が行なわれていた。
しかし、横須賀海軍工廠において改造が進められていた1番艦『天城』が被災、竜骨が折れるなど損傷のひどさにより修理を断念して廃棄となることが決まった際、代替の艦として、標的艦として横須賀に回航されていた加賀が航空母艦へと改造されることとなった。

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横須賀海軍工廠の手により改造され、1928年(昭和3年)3月31日、航空母艦として『加賀』は竣工した。

航空母艦『加賀』艦暦
1920(大正9)年7月19日 戦艦「加賀」として川崎重工業神戸造船所にて起工。
1921(大正10)年11月17日 進水。
1922(大正11)年2月5日に建造中止の通達…廃棄処分が決定される。
1923(大正12)年12月 横須賀海軍工廠で空母への改造着工。
1928(昭和3)年3月31日 三段式甲板などを備えた航空母艦として竣工。
1933(昭和8)年10月20日 予備艦に編入。近代的な空母となるべく改装工事が開始。
1935(昭和11)年11月15日 改装工事終了。即日、現役復帰。第二艦隊第二航空戦隊に編入。
1942(昭和17)年6月5日 ミッドウェー海戦で大破、沈没。
1942(昭和17)年 8月10日 除籍。

ちなみに2番艦『土佐』は三菱造船長崎造船所にて建造が進められていたが、進水後に建造中止とされ、未成のまま軍に引き渡された。1924年(大正13年)6月から数ヵ月間を標的艦として数多の実験に使用された後、1925年(大正14年)2月9日に、高知県沖の島沖にて自沈処分された。
天城が関東大震災の影響を受けずに改造が行なわれていたとすれば、加賀は日の目を見ることなく標的艦として実験に供されて解体される計画とされていたため、まさしく運命の悪戯ともいうべき運命であろうか…。

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部品の数々。赤城と比べて部品数は少ない?箱もさほど大きなものではないため、組み立て中の本体を保管する際には、先に完成していた赤城の箱を使用し、本来の加賀の箱はそのまま部品を入れるのに使用した。

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船体部分。本来、船体と船底部分は最後に接着するように説明書に記述があるのだが、保管する際に安定性を要することから最後の工程を最初に施工した。

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艦載船搭載の甲板、艦橋、45口径12cm連装高角砲6基、煙突部分など。

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連装砲設置部分などの取り付け。

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艦首より。上部構造物を除けば、戦艦の面影があるように見える。

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4月4日で組んだ部分(船体)
赤城が部品バラ、順番どおりに部品を組む難しい構造になっていたのに対し、加賀の模型は一体化したものである。

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4月4日で組んだ部分(部品)

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翌日4月5日、建造再開。

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機銃その他の取り付け。
マストは航行状態を示す上向き(横向きが戦闘)に装着。

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装着面が非常に心配になる張り出し部分…。念入りに固定する。

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煙突なども取り付け、船体部分はほぼ完成。
いよいよ飛行甲板に移る。

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格納庫などは別パーツとなっており、取り付ける部分には穴が開いている。

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格納庫を接着。

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表面。この部分には別途に蓋を取り付ける。

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後部の柱の取り付け及び、下部の甲板…艦載船どっさりの部分、そして旗立台の取り付け。

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後部には「がか(左読み)」と書かれているが、実艦でもそうなのだろうか…。
その後、艦橋や飛行甲板の取り付けを実施し、航空母艦『加賀』は完成し、竣工した。

そして、展示先となる峰ヶ崎海洋公園。
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この場所にいた護衛艦『ひえい』などが移動して場所が空き、完成した航空母艦『加賀』の入港を出迎える準備は整った。

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そして、超巨大船体が峰ヶ崎に入港してきた。

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前面。船体から飛行甲板にかけて伸びる長い柱。
甲板横から顔を覗かせる連装砲。見えにくいが、飛行甲板下からは、さらに2丁の機銃が顔をのぞかせている。
尚、加賀の艦首部分の菊花紋章は、モデルに入っていたものをそのまま取り付けた。
(機銃などのグレードアップパーツも付属していたが、使用せず)
基本となるランナーの部品は全て使い切っている。

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定位置となる場所を空けるため、長門を移動。
先に竣工していた『赤城』の隣に並ぶ『加賀』(左)。

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泣かせなのはこの柱…

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展示板は、加賀専用の展示坂に、エフトイズ製の艦これモデルVol1の赤城と加賀を切り離して2枚に分けてあったものを上手く合わせるようにして貼り付けたもの。一航戦として名高い、未成戦艦からの改造によって生まれた航空母艦2隻が並んだ。

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