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私リフィアが日頃思うことなどを書いているブログです。

飢えた狼というニックネーム

太平洋戦争末期、敗戦一方となっていた中、ある艦隊突入作戦が決行された。
米軍基地が作られていたミンドロ島のマンガリン湾へと艦隊を突入させ、輸送船団及び上陸部隊を砲撃し、作業を妨害するというものである。作戦名は『礼号作戦』。
その作戦は重巡1,軽巡1(大淀),駆逐艦6(霞・朝霜・清霜・萱・杉・樫)の計8隻の艦隊が組まれ、キスカ島撤退作戦などを指揮し『帰ろう。帰れば、また来られるから』という名言を残した木村少将が指揮官となり、駆逐艦『霞』を旗艦としてカムラン湾(ベトナム中西部)から1944年12月24日出撃、26日から27日にかけて作戦は実行された。事実上、この作戦が『日本海軍最後の勝利』といわれている。

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この艦隊の一隻として参加した重巡洋艦が、妙高型重巡洋艦3番艦『足柄』である。

艦暦
1925(大正14)年4月11日:起工(川崎重工業神戸造船所)
1928(昭和3)年4月22日:進水
1929(昭和4)年8月20日:竣工
1937(昭和12)年5月20日:(イギリス)ジョージ6世戴冠記念観艦式に参加。『飢えた狼』というニックネームがつけられた。
1937(昭和12)年12月11日:台湾東南洋上の火燃島で座礁の米豪華客船『プレジデントフーバー』救援に従事。
1941(昭和16)年12月10日:第三艦隊第十六戦隊旗艦となる。
1942(昭和17)年3月1日:スラバヤ沖海戦でイギリス海軍の艦船三隻を姉妹艦と共に撃沈。
1944(昭和19)年2月25日:第五艦隊第二十一戦隊に所属(レイテ沖海戦後に解散)
1944(昭和19)年12月:礼号作戦(ミンドロ沖海戦)に参加。
1945(昭和20)年2月5日:第十方面艦隊第五戦隊所属となる。
1945(昭和20)年6月8日:イギリス海軍潜水艦『トレンチャント』の雷撃により戦没
1945(昭和20)年6月20日:第五戦隊解散(5月16日にペナン沖海戦で同属の姉妹艦『羽黒』戦没により)
1945(昭和20)年8月20日:除籍

『飢えた狼』というニックネーム、名づけたイギリス側、名づけられた足柄ではそれぞれ解釈は違うものの、歴戦を戦い抜き、そして日本海軍最後の勝利とも言われた礼号作戦成功に寄与するなど、まさに狼のように活躍し続けていたのだろう。
ちなみに、姉妹艦である4番艦『羽黒』のほうが、起工及び進水、竣工(1925年3月16日,三菱造船長崎造船所で起工,1928年3月24日進水、1929年4月25日竣工)が早いようなのだが、順番が逆なのはなぜなのだろうか…。
ちなみに、この名前は現在、DDG-178『あしがら(あたご型イージス艦二番艦)』に受け継がれている。

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八九式12.7cm連装高角砲 台座接着済

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三年式2号20cm(20.3cm)連装砲5基10門 砲門装着後

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艦橋組み立て。

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機銃部分など。

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特徴的な煙突部分。

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細かい機銃部分は気を使います…。

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船底に錘を装着して、いよいよ本体に部品を取り付けていく作業に突入。

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主砲(三年式2号20cm(20.3cm)連装砲5基10門)及び艦橋装着。

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主要部品各種装着。

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機銃部分などを細かく装着してゆく。ただ、一部分は装着に手間取りもしてますが…。

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艦載船なども随時。

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艦載船を取り付け。一部の艦載船は二隻を重ねて接着する。

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安定しないアンテナ類…。

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カタパルトを装着。

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艦後部の旗揚台。
模型純正はランナー延長線で装着できないため、同じハセガワ社製の金剛型戦艦の余った部品より拝借した。

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菊花紋章も装着。ウォーターラインシリーズ共通のグレードアップパーツ部品の余っていたものを装着した。

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峰ヶ崎に回航。
現在は戦艦長門に横付けされて展示中。
組んだこの日(6月8日)は、70年前に足柄が戦没した日だったのでした…。

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